ロックマンゼロ 忘却の悲史 - 第九章
 その頃、レジスタンス付近にある海の地平線に、ゆっくりと陽が昇ろうとしていた。
かすかな陽の光が漏れて地平線が輝きはじめ、レジスタンスベースの金属板が鈍く銀色に光っている。
 ――あの遺跡の調査から半日が経ち、任務で負傷を負ったゼロの傷はすでに回復しつつあった。
 傷自体はそれほど大きくはなかったものの、完治するまでは負傷をともなうような任務は控えなければならなかった。
――しかし、事情が事情だった。
 任務での戦いの後、サイバーエルフが言い残したあの言葉を、わざわざ無視するわけにはいかなかった。

「・・・あの廃施設は、昔イレギュラーへの対策のために造り上げられた、人間たちの基地だったらしいの」
 ゼロはベースへ帰還してからすぐにメンテナンスを受け、傷が治りかけている足を運んで司令室に来ていた。
「廃施設には目標は現れたのか?」
「さっき調べたんだけど、他の地帯からも反応は確認されなかったわ」
「・・・そうか」
 とりわけベースに緊急が入らないこのとき、その合間をぬって、ゼロたちは例のサイバーエルフへの捜査に専念していた。

 任務で調査した遺跡から離れた場所に、サイバーエルフが言ったとおりに廃施設が見つかったらしい。
 ゼロが司令室へ来て、シエルに報告を聞かせてからその廃施設に電波を張ってるもの、未だそこにはなにがあるのか分からないらしい。
 しかし、例のサイバーエルフが二度も三度でも見つからない限り、それに関する手がかりは、エルフに指定された廃施設しかなかった。
「――陽が明けたら、偵察部隊に調査をお願いするわ」
「・・・・・・分かった。なにか分かったら連絡してくれ」
 ゼロが司令室から出ようと背を向けたとき、
「ゼロ」
 と、シエルに呼び止められた。
 彼はふたたびシエルを顔を合わせた。
「ゼロが確認した、あのサイバーエルフのことなんだけど・・・」
 シエルが戸惑ったような表情をした。
「レプリロイドや人間を、――恨んでるんじゃないかしら」
 ゼロは、黙りこくった。
妖精戦争でサイバーエルフが大量に利用されたのは知っている。
 ゼロが見たサイバーエルフ――バフュラが――がその中の一体とするなら、自分を戦争に利用させた人間やレプリロイドに、恨みを持っているかもしれない。
 サイバーエルフは自分の意思を持っている。たとえ造られたものでも、喜びや悲しみや怒りは、ちゃんと感じる。
 ――あのエルフの動機がそれなら、必ず、なにかの手をもって人間たちに復讐するだろう。
 ゼロが話したことをシエルは考え、あのサイバーエルフは復讐を持っているかもしれないと、シエルは思ったらしい。

「それは――ないことはない。とりあえず調べてみないことには、何も分からないが」
「・・・そうね・・・」
 シエルが力なく答えた。
ゼロはまた背を向けようと振り返った・・・そのとき、司令室の警報が鳴った。
 司令席にいるオペレーターが、すばやくキーを叩き始める。
「――廃施設の周辺に、目標となるサイバーエルフの反応が確認されました」
 ゼロは室内にある巨大なモニターに視線を向けた。
 緑色の背景に映される施設のアイコンから、すこしばかり離れたところで青い点が点滅している。
「反応のエネルギーは微力ですが、わずかな速さで廃施設に接近しています」
 と、オペレーターが言う。
「シエル、今から俺を廃施設に転送してくれ」
 ゼロが言い放つ。シエルは困惑した顔でゼロを見た。
「そんな・・・また傷が治り切って・・・」
 ゼロはシエルをさえぎった。
「あの動機を探り出せば、サイバーエルフが行おうとしている目的が考えられる」
 また目をモニターに移した。
「・・・これは単なる任務じゃなく、サイバーエルフの事を知りうる手掛かりだ」
 ――かつて戦争で倒していったレプリロイドのことを、ゼロは思い出していた。
 サイバーエルフはレプリロイドを援助するために使用されたのだが、意味をひるがえせば、サイバーエルフがレプリロイドを殺していったことにもなる。
そのような事をやったのは、戦争で活躍し、激しい戦いを起こした者達でもある。
 戦争で犠牲になった者が――古き戦争の戦火によって苦しんでいる者が現世になって亡霊になっているなら、戦争を犯した者が、その邪念と対峙しなくてはならない。

 そういう意味で、ゼロはあのサイバーエルフと立ち合いたかった。
「・・・・・・分かったわ。・・・転送を」
「――了解」
 オペレーターがそう答え、すばやくキーを叩いた。
電気系が赤く点滅しはじめ、機械の唸る音がし、転送パネルが光りはじめた。
 ゼロは司令室の中央に駆け寄り、光る転送パネルに近づいていった。