ロックマンゼロ 忘却の悲史 - 第六章
 薄暗い闇のなかを、空気が息を潜めているように沈黙が流れていた。
 周囲は身も凍るような冷気に満ち、足を進めるたびに、足音が洞窟のような通路にこだました。
電灯などの灯かりは一切なく、通路の奥はひたすら闇ばかりがつづいている。
地面や壁や天井、身の回りにあるもの全てが平らな岩石でつくられていた。

 ――ゼロは燃えさかる炎につつまれた地上の遺跡から、目標である地下の通路を進んでいた。
 地下へ降りてから数分が経っており、目前にはまだ、どこまでも続くような深い闇がある。
 歩いたままではとうてい前に進めないような気がし、ゼロは自然に足早になっていた。
ふと足を止め、自分が一体どこまで地下を進んだのか確認した。
「・・・シエル、いま遺跡の地下を進行しているが、ここから反応との距離はどれくらいだ」
 通信から数秒の沈黙が流れ、そしてハッとしたようにシエルが応答してきた。
「そこから86メートルほど、その道の奥にいるわ。今は反応は移動していないようけど・・・」
 ゼロは通信に従うように通路の奥の闇を見た。
「了解した・・・」
 通信を途絶え、ゼロは先ほどよりも速く地下を進み、目標に達するまで走り続けた。
 ゼロは全速力で通路をすすんでいたが、まるで走り出してからすぐ止まったように、ほんの少しの間で足をゆるめた。
―― 一瞬だったが、走るときの頬をなでる風に流され、あの「浮遊感のある協和音」が聞こえた。
 再度音を確かめようとゼロは立ち止まっていたが・・・何も耳に入らない。

 だが、それを空耳にするわけにはいかなかった。通路のおくに離れて見える大広間を、視界がとらえていた。
そして大広間の奥の壁際にいる――ここからは大広間への視界が限られているが――白紫に光る人型の光に、視線をむけた。
 ゼロは今しがた気づいたようにバスターショットを素早く構え出し、ここから一直線に見えるあの光を狙った。
 光から狙いを外さないように慎重に通路を歩き、大広間に出た。
ゼロは狙いから目を逸らして辺りの殺風景な光景をうかがった。
 通路と同じくここには灯かり等は一切ない。代わりに奥にいるあの白紫の光が、ぼんやりとまわりを照らし、近くの壁や天井を奇妙に反射させていた。
 空気は淀み、あたりに冷気が漂っている。

 ゼロはふたたび白紫の光を狙いすました。
さっきからゼロは奇妙な感覚が身体をつつんでいるように思えた。どこかで体験したような感覚だったが、なぜだか思い出せない・・・。
 ゼロが考えを振り払おうとしたその瞬間、ぼんやりと人の形を浮かべる光が、身体を反転させた。
 同じように顔の正面にある一対の大きな目が、こちらに向けられる。
怨恨に満ちたような目が、ギラリとこちらを睨んだ。光が悲嘆を訴えるかのような感情が身をつつむようだった。
暗い森林の奥で感じた奇妙な感覚が――今、はっきりと感じ取れた。
 ――途端にゼロは思い出せなかったこの感覚が一体なんなのか、ハッと気づいた。
憎悪の感情から読みとれる微弱で奇妙な感覚は、以前に何度も感じたことがある。
 いくつかの任務に出るたびに、背にしたあの光を放ち浮かび上がる小さな身体・・・それと今のような感覚が、まったく同じだった。
「・・・サイバーエルフ・・・」
 ゼロが静かに言った。
 白紫の光は、反応するように照らされた鼻と口がない顔を傾かした。そして恐ろしい目がふたたびゼロを睨みつけた。
「・・・・・・その身体、旧式だな」
 光は空気を振るわせるようなくごもった声で言った。
ゼロは目を見張り、構えたままのバスターショットを強く握り締めた。
「――お前は何者だ。目的は何なんだ?」
 ゼロがそういった時、人型のサイバーエルフが白紫に光る片腕を上げ出した。
 たちまち、上げた片腕の肘から先が、細長い帯を放ちながら紫色の剣に変形する。
「・・・!」
 刹那、紫の閃光がゼロに迫った。