ロックマンゼロ 忘却の悲史 - 第四章
 ゼロは転送回線をとおり、司令室に転送された。
 彼の立つ転送パネルのそばで、シエルがくもった青色の目をゼロに向けていた。
「――おかえりなさい、ゼロ。ネオ・アルカディア軍のレプリロイドの反応というのは、ゼロが見たあのレプリロイドの事だったのね・・・・・・あのエネルギー反応の解析は、私たちに任せて」
「・・・分かった。無理はするな」
 ゼロはシエルにそう言い残し、そそくさと司令室を後にした。

 その夜から日が昇るまで、彼はそのあいだの間隔がながいように思えた。
とくにそのあいだには何もなかったが――昨夜に見たあの光景があたまにやきついたように離れないのだ。
 後からのシエルの報告によれば、あのエリアには応答をとった電波のこん跡はなかったらしい。
つまり、「あの連中」あの時、ネオ・アルカディアの使命をうけず単独でこうどうしていた。
遠出の偵察かなにかだったのだろう。そしてとつぜん、「あれ」に巻き込まれた。
 だが、ネオ・アルカディアの関わりごと――兵器生産などの破壊工作――でなくなれば、別の者がやったことになる。
あのような規模の大きい力をもつものならば、わざわざ無視しておくわけにはいかない。
 ふと、ゼロは「あそこ」で不思議なものを感じたのを思い出した。
現場に降り立ったとき、どこかで感じたことのあるような気配を覚えていたのだ。
だがそれがあの現場になんの関係があるのか、自分でも分からない。

「・・・・・・あれは・・・」
 そう呟いたのが、翌日の昼だった。
ベースの外では暗雲が空をおおい、地上では薄暗くひっそりとした殺風景な景色がひろがっていた。
「――ゼロさん。至急、司令室までお越しください」
 突然、天井に設置されたインターホンから連絡が入った。
「・・・?」
 ゼロはハッと我にかえると、急いで司令室に向かった。
司令室ではキーを叩く音や機械類がうなる音がひびいており、慌ただしかった。
「――なにか分かったか?」
と、ゼロはシエルに言った。
「ええ・・・昨夜に確認されたあのエネルギー反応の解析中、別のエリアに同質とおもわれる反応が確認されたの。そこであの反応の手がかりを探るために、そのエリアに行ってもらいたいんだけど・・・・・・お願いできるかしら」
「ああ。オペレーター、転送頼む」
 ゼロはそう言うと、すばやく転送パネルにのりこんだ。
 オペレーターが手早くキーを打ち始め、転送の準備を整える。しだいに電気系統が点滅しはじめた。
「・・・転送」

 その声を合図にするようにゼロの意識が遠のき、――どれぐらい時間が経っただろうか――気付くとほの暗い森林を目の前にしていた。
後ろに目をうつすと、前方とはちがって木々のない草が、てんてんと地面に連なっていた。・・・とは言っても、これはぜんぶ人工で造られたものだが。
 ゼロはふたたび前に目をむけた。
不気味に広がっている枝のあいだからは、雲から差し込む日光をさえぎっていた。
 おかげで森の見通しがかなり悪い。
「・・・・・・シエル、目標の反応はどこにある?」
「ええ・・・その地点からちょうど東東北の方向にあるわ。森林に入ることになるけど・・・気をつけてね」

 ゼロは通信を切ると森林へ入り、周りを警戒しながら進んだ。
真昼だというのに夜と間違うような暗がりを走っていく。
 走り出してから数分ほど経ったとき、突然、ポツッという音がした。
 その音に反応して足をとめる。沈黙のなかで神経をとがらせていると、またポツッという小さい音がなった。
今度は四方から連続してひびき、八方から・・・だんだんと音が空間をつつむようになった。
 ――雨が降っている。
「急ぐか・・・」
 ゼロはだれにも聞こえないような静かさで言った。
森林を進んで十分か経ったころ、雨は肩を打つような勢いで降っている。
すでに地面は雨でぬかるみ歩を進めるごとに水が跳ねた。
 見通しの悪い視界がさらに悪化し、四メートルほど前までなにもみえなかった。
「・・・・・・反応はどうしたんだ・・・シエル、応答できるか?」
 ゼロは通信を通してシエルに言った。だが、通信から聞こえるのは雑音だけだ。
 しだいにそれも聞こえなくなり、無音だけが流れている。
いまごろ反応はどう動いているか分からない・・・ゼロはバスターショットを出して両手を構え、警戒を強めながら進んだ。

 すこし進むと、雨の勢いが弱くなった。だが視界の方は変わらずじまいである。
 ゼロが左右ではなく前後に視線をむけて警戒したとき、ふいになにかが聞こえた。
――浮遊感のある協和音だ。
 あまり唐突ではないが、森全体から響いているように聞こえるので、かえって気味が悪い。いまや協和音が空間をしはいしている。
 何かに近づいているという直感でゼロは、足取りをゆっくりとした。視線をあらゆる方向に移しながら。
「・・・?」
 とつぜん後ろに気配を感じ、すかさずそこへと振り向いたゼロは、目を見開いた。
暗闇のなかで、紫の光をともなった人の形をした「なにか」が背を見せ、ゼロの視界の向こうにたっている。
 光につつまれ輪郭がぼんやりとし、体が白色にひかっている。紫の細長い帯があしもとをうずまき、取り巻いていた。
 その時、紫の人影がうつむいた顔を上げた。スローモーションのような動きでゆっくりと頭をうごかし、こっちに向けた――。
――全てが一瞬のように時が流れた。きづいたとき、ゼロの前には何もなかった。
ただ肩や頬をつたう雨だけが神経を刺激した。
「・・・・・・・・・」
 突如の出来事にゼロはその場にただずんでいる。
その時、
「ザ・・・・・・ザザ・・・」
と、通信が機能した。
 それがゼロの意識をはっきりとさせる。・・・なんだ、いまのは?
呆然としていると、とつぜん視界が光をとらえた。だが普通の光ではない。
 頭上を覆う暗雲がふっくりと移動し、青ざめた空から太陽の光が入ってきている。
 日光が濡れた地面や木々を照らし出して、辺り一面を輝かしていた。
「いまのは・・・」
 その時、ふたたび通信が作動しはじめた。
「ゼ・・・こ・・・ロ、聞こえる?ゼロ?」
「――シエルか」
「・・・・・・ゼロ、さっき起こった通信の障害なんだけど、強力な磁力を帯びた電磁嵐の影響だと思うの。だからの下では電波が乱れるんだけど・・・また、その別の嵐がそこに近づいているの。これまでのミッションは不可能だから・・・ゼロ、いったん戻ってきて」
「・・・分かった」
 ゼロはそう返事すると、ふいに全身が光につつまれ、意識が遠のく。全身にどっしりした重さを感じると、レジスタンスベースに戻っていた。
「おかえりなさい、ゼロ」
 シエルはゼロの姿をまじまじと見ると、途端にそう言った。
「・・・ゼロ。あの雨雲の影響で、森林地帯にいた反応のデータのスキャンが遅れたの。これからもまた続けるけど、時間がかかると思うわ」
「ああ――そのことだが、例の反応らしきもの見つけた」
 と、ゼロが言った。それにシエルは目をまるくした。
「探索中に間近で見たんだが・・・こっちに気づくとどこかへ消えしまった。それが例の反応かは確信できないが・・・」
「・・・そう。あれの目的は一体・・・・・・」
 もっとも、「目的」というものがあるのかも検討がつかないが。
「・・・・・・とりあえず、あの反応が被害をもたらす前にこの問題を片付けたい・・・例の反応の捜索を優先して、情報が入りしだい伝えてくれ」
 とゼロが言う。
彼は司令室のシャッターを通り越し、――行くあては定かではないが――ベースの通路を歩いていった。
 ――ふと「紫の人影」を見た時のことを思いついた。
暗闇の中に浮かび上がるあの姿はよく見なかったが、身体をつつむ紫の光からは身じろぎするほどの憎悪さを放っていた。
 いままで対峙してきた敵からも言えた。
正義は我にあり、その正義のためなら倒すべき相手に矛先を向け立てる。
その矛先といえる鋭い目――そこから憎悪がじゅうぶん感じとれた。
 だが、なにかしら「あれ」は違った。悲嘆というべきか、恨みなどというか。

いつのまにか、ゼロは、いつしか共にしたあの小さな姿を思い浮かべていた。