ロックマンゼロ 忘却の悲史 - 第十三章
「――そうか」
ゼロはゼットセイバーを取ると、振りかざし、剣を構えた。
剣の刃が、室内の薄暗い闇のなかで鋭く光る。
――ゼロとバフュラが交し合う視線に、ピリピリと「気」が立った。
「だいぶ事情を話し込んでくれたようだが、だからといって倒さないわけにもいかない」
と、ゼロが言う。
バフュラはゼロの構えた剣に視線を移すと、やがてゼロ自身に目を向けた。そして、
「もちろん、俺は逃がしてくれることを期待して言ったんじゃない。だが――」
バフュラが一度言葉を切る。「ここで戦い合うというのは、やりたくない」
――ゼロが眉をひそめた。そのときだった。
ドーン! という衝撃音が室内に響き渡り、地震のような揺れが床をおおきく伝った。
ふいに起きたことで、ゼロは前のめりになり、あやうく姿勢を崩しそうになる。
反射的に足を前に出し、体勢を整えれたが――。立て続けになにかが砕ける破裂音が耳をうち、直後にバフュラの足元の床が崩れ始めた。
ゴゴゴ・・・・・・という「うなり」を上げ、床に空いた穴は次第に大きくなり、やがてバフュラと対峙していたゼロにもそれは迫り来たのである。
・・・・・・施設が崩れようとしているのか?
ゼロは自分に向かって迫りくる大きな穴をみて、そう思った。
この管理室は廃施設の最上階にある。逃げないかぎり、自分も穴に飲み込まれ、崩れるガレキの下となれば、命の保証はないだろう。
だが、ここが最上階ならば、それを逆手にとれば――。
ゼロはすばやくセイバーに力を込め、狭い天井へ向かい跳躍すると、そのまま目前の天井へ強力な斬撃を放った。
錆びりかけた天井の鉄板は大きく裂け、跳躍したままのゼロは施設の屋上部分を貫き「空中」へ身を躍らせた。
――そう高く跳んだわけではないのだが、それでも、ゼロの視界からは崩れゆく廃施設が目に入った。
大地を背にしてうつる廃施設は跡形もなく、完全に崩壊していた。
――いったいなにが原因で、施設は崩れたんだ?
空中で静止したゼロは、ふと、大量のガレキの上にいるあるものに目を向けた。
「・・・・・・何だあれは?」
ガシャンッ、という音を立て、ゼロはガレキの上に着陸すると、「上」で見たものを、改めて見た。
――その姿には、ただ目を見開くばかりだった。全長五メートル近くはありそうなその「怪物」は、全身紫色に染まり、ガレキから伸びた体には大木のような太い腕が突き出ていた。
ふと、ゼロの耳に声が響いた。
「――まるで俺の姿を模したようだろう」
声のした方向に振り向く。すこし離れた先のガレキの上を浮遊しながら、バフュラがあの怪物を見ていた。
「模した?」
と、ゼロが言う。バフュラがゼロに顔を向けると、
「ああ、そうだ。あれは俺のコピーのようなものだ」
入れ替わりに、ゼロが怪物に目を向ける。――不思議に、突然襲ってくる気配もなかった。
それはただジッと、銅像のように固まってるだけだ。
「廃施設を破壊したのは、あの怪物なのか」
と、ゼロが言う。
「そうだ。――俺は戦いたくないと、言ったな。悪いが引きさせてもらう。今からゼロ、お前が相手するのは――あれだ」
「また体を集めるための旅なのか」
「・・・・・・いや、その目的はもう果たした。これからは、別の目的を遂行させる」
と、バフュラが言った。
今までどことなくバフュラは曖昧な雰囲気で話していたのだが、「これから」と言ったとき、いきなり凄い重みを帯びた口調になった。
まさに様変わり、という様子だった。
「別の目的?」
ゼロが言う。
バフュラは息を澄まし、こう言った。
「――「あれ」と似たものが、あと二体いる。三体のコピーをつないだその中心地点の上空に、ある要塞がある。俺はそこへ向かうんだ」
「・・・・・・なんだと?」
ゼロは顔をしかめて呟いた。
「俺はそこで、あるものを造り上げている。――ここにいるのと同じように、俺に似たコピーだ」
バフュラは口の端で笑いかけ、
「―― 千と超える、創造したコピーらを大量に地上に送り込んで、あらゆるものに攻撃を向け立てる。それが・・・・・・目的だ」
ゼロはまた、バフュラの言葉に内心驚いていた。
以前もそうだったが――実行するものの内容や、自分の身柄など、重要に値するはずのものを、見ず知らずの者に平気で話しているのだ。
さきほども言った、目的の内容も(あまりに唐突なのでゼロは信じきっていないが)知られては困るはずだったのだ。
やはりこうも喋るとは何かありそうだ。
――それとも、それも「計画」のうちの一つなのだろうか――。
「なるほど。だが、復讐を果たせても、なんの得にもならないぞ。嫌悪の感が強くなるだけだ」
と、ゼロが言った。
「いいや・・・・・・復讐が始まれば、嫌悪の感覚なんてすこしも感じないはずだ。死ぬまで、俺は「戦争」という快楽を味わうことができる」
「戦争?」
ゼロは耳を疑った。
「そうだ。――単なる復讐じゃない。戦争で多くの罪を生んだレプリロイドへの復讐、俺は戦いを起こしてやる」
バフュラの声には、今までにないほど、怨恨の感情が感じとれた。
――このサイバーエルフなら、必ず復讐をやり遂げるだろう。なぜかゼロはそう思った。
「今、俺のコピーらは完成の直前にまで控えている。それまで間に合えるか」
返事を待つ間もなかった。
バフュラはそう言うと、紫の帯が全身を包み、やがて帯とともにその姿を消した。
ゼロはあの怪物のほうへ向いた。
――戦争の犠牲者である者が、復讐の怨念に満ち、ふたたび戦争を起こそうとしている。
激しい怨恨に満ちた憎しみの連鎖は、留まらぬことを知らないように、まるで時代を駆け抜けていくかのようだ。
ゼロはそう感じた。
そして巨大な体をあらわにしている怪物へ、ゼロはセイバーを構え出した。