ロックマンゼロ 忘却の悲史 - 第十四章
 昼の日の光が強く降りそそぐなか、大量のガレキの上で、ゼロは目先にいる怪物を見据えていた。
 大量のガレキの山と言っても、鉄クズばかりではない。
 ガレキのなかには鉄製の大きな壁の一部であるものもあり、見渡せば、それに似た破片もたくさんある。
 戦闘の際に必要な足場はそろっていた。
 怪物は紫に染まった巨人のような腕と体をあらわにし、足はなく、腰から下はガレキに埋もれているようだ。
 そして大きな体にそぐわない、一回り小さな頭から、怪物は赤い目をのぞかせている。
 ――廃施設が崩れ、バフュラが姿を消した後、あれから怪物は少しも動かないままでいた。しかし同じに、ゼロも硬直状態でいた。
 力の計り知れないものへ容易に近寄るのは、当たり前のように危険である。
 奥底の知れない力を持った、あのバフュラのコピーが相手と言うなら、なおさらだ。
 かくて、ジッと相手の出かたを見ているわけなのだが、やはり相手は変わりない状態でゼロの前にいる。
 そんな奇妙な間が、ゼロには長く感じられた。
 一刻ほど経ったのだろうか・・・・・・。ピリピリと気を詰めていたゼロが、無意識に足を動かした、その時だった。
 ゼロを見下げていた怪物の腕が、一瞬の間にすばやく動いた。
 攻撃に気づき、すばやく反応したゼロは大きくジャンプした。――砕けるような爆音が、辺りに響き渡った。

 怪物の腕は、ゼロがいたはず地面のガレキをえぐっていた。えぐられた無数のガレキが一斉に飛び散り、空中へと投げ出される。
 腕の振り払いの攻撃を避けたゼロは、相手から離れるほうへ空中へ跳びあがっていた。ゼロは空中で相手を見下げる格好となったまま、バスターを構え、引き金を引いた。
 バスターの弾丸は無数の雨のように怪物の頭上へ降り注がれ、あたりのガレキがはね上がった。
 空中でバスターを撃ち続けたゼロはガレキの上につくと、撃つ手を止める。
 ――ふいに、怪物が片腕を上げ、手の平を向けたてた。
 ゼロは銃を降ろすと、ひそかにその手に目をとめた・・・・・・。その瞬間、相手の手に光の球があらわれ、瞬く間に無数の光線に変わってゼロに迫ってきたのである。
 あの遺跡で見た、バフュラが放ったレーザーと似ている。――ゼロはそう悟った。
 しかし、それほどの速さと威力はないようだ。大丈夫だ、楽に回避できるはずだ。

 ゼロは寸前にまで迫ったレーザーへ駆け出し始めた。
 みずから、攻撃の正面に立ったわけである。ゼロは攻撃が当たる直前、地面から弾けるように大きく飛び跳ねた。
 レーザーはなにもない空間を貫き、空しく空振りする。
 着地したゼロはそのまま勢いをつけ、ガレキの上を進んで怪物へ迫った。
 猛スピードで迫り、斬撃を繰り出せる距離まで近づいたゼロは、ふいに、ザッと何かがこすれる音に気づいた。
 怪物がゼロへめがけ、巨大な腕を振り下ろしてきたのである。
 ドーン! という、短い地響きが鳴った。―― 一瞬、辺りが静まり返った。
 その時だった。下を向いた怪物の視界に、なにか光るものが映ったのだ。
 発光したものはだんだんと近づいていくと、「それ」が突然、刃のような形になった。
 もともと視界はボヤけていたが、それでも光の形は、ハッキリと見分けることだができた・・・・・・。
 その瞬間だった。
 鋭い炸裂音を立てると同時に、怪物の見下ろした顔へ、真下から強力な斬撃が放たれたである。
 怪物は頭より大きな手で、顔を押さえるとひくい唸り声を上げた。
「ウウ・・・・・・」
 地上から打ち上げられた剣の閃光の「残像」は、そのまま怪物の頭を通り越し、「背後へ」まわった。
 怪物は顔から手を離すとさらにギラついた目を見開き、巨大な体ごとグルッとまわして後ろを振り向いた。
 ――視線の先には、銃口がこっちを見ていた。
 怪物がすこしも身動きする間もなく、凄まじい爆音を立て、バスターから噴き出した光の球はふたたび怪物の頭を貫いたのだった。


 頭部を失ったままの怪物の腕が、力を失ったようにガクッと垂れ下がる。
 すると、体から無数の帯が舞い上がった。
 帯は空中へまっすぐに伸び、五メートルほどつづくと、次第に消えていく。
 やがて怪物の体が半透明になると同じく、帯も完全に消え、やがて体もだんだんと透明になっていき、消えた。
 ・・・・・・バスターを下げたゼロは、息をついた。
 しばしすると、ベースから連絡が入る。
「ゼロ、敵を倒したのね。・・・・・・今は辺りになんのエネルギー反応もないみたいだから、ベースへ戻ってきて」
「――了解した」
 そう答えると、ガレキの山の景色を最後、ゼロの視界は白くなったのである。


 同じ昼の頃、レジスタンスベースへ戻ったゼロは、バフュラの件についてシエルに話した。
 三体の怪物についての事や、どこかの上空に、要塞というものがあるということを。
 そして、ゼロ自身も考えていた。
 いくらサイバーエルフの能力が優れていても、たった一体だけでは、戦争を起こすという大規模な計画を図るというのは、少し考え物である。
 しかし――、あのバフュラと対峙したとき、このエルフなら必ず何かやりかねない、と不安に思った。
 バフュラなら、戦争より規模は小さくても戦争以外の「何か」を起こすと感じ、それが予測できないから、よほどバフュラのことを不安に思うのだ。
 そして・・・・・・それが起こりうる原因である要塞。
 あの時、バフュラが言った言葉によれば、上空にある要塞から大量のコピーが地上に送られてくるのは、もう近い頃らしい。
 バフュラが「何かを起こす」という、その引き金となるものが、コピーらの存在と考えていい。
 不安の芽は早めに摘み取ったほうがいいと言うが、この場合もそうだ。
 地上にコピーが行きつく前に、コピーの生成プラントと呼べる要塞をどうにかすればいいわけだ。
 ――少しばかり話しはそれるが――廃施設でバフュラが言った通りなら、先ほど戦った怪物に似たものがあと二体いるらしい。
 見つけた怪物らをその場でつないだ三角形の中心、その上空に要塞があると言うのだ。
 残り二体を確認できれば、その要塞へ行けるも同然だ。

 ――しかし、ほんとうに道理が簡単すぎる。
 バフュラが要塞について話した事柄を推測すると、話の内容は要塞へ向かうためのヒントが揃っている。
 だが例に、レジスタンスベースが上空の様子を確認しても、なんの反応も見つからなかった。
 これは要塞自体が特別なものでできていると考えていいだろうか・・・・・・。
 それにわざわざ倒されるためだけに、三体もの怪物を出現させるだろうか?
 要塞へ向かうための鍵となっているその怪物は、そもそも「何なのか」。
 隠された要塞の場所を伝えて、何が得するのか。
 ゼロも様々な推測をこうして立てているのだが、要塞やコピーの存在を確信できるまで不信の念を捨てられない。