ロックマンゼロ 忘却の悲史 - 第十一章
 ――互いが鋭い視線を合わしあうなか、ゼロの向こうに立っているバフュラが、踏みつけている崩れたシャッターを乗り越えて室内に入ってきた。
 すでにこの管理室へ入っていたゼロにバフュラが歩み寄る。
 真黒い目のまわりが白いふちで覆われ、その目の瞳孔には燃え盛るような赤い瞳がある。
 気味の悪いその目を見ていると相手の憎悪までが体に染み込んでくるようだった。
 バフュラはゼロとの距離を縮め、三、四メートルほどのところで足を止めた。
「・・・・・・・まさか一緒に来るとわな。予想外だった」
 このまえに訊いた空気を震わすような低い声である。しかし、前回に聞いたときの声とは、なにか調子が違っていた。
「しかし昨日の今日だ。お前・・・いや、ゼロだったな。あの傷はまだ治りきってないんだろう?」
「質問したいのはこっちなんだがな」
 ゼロは相手の言葉をさえぎるように言った。
「俺にこんなところへ案内させて、一帯なにが目的なんだ?」
 そうだ――戦闘に持ち込まれるまえに、肝心の目的を訊き出さなければならない。
 勝負の結果は、二人のどちらかが倒されるかなのだ。
「・・・・・・・そうだな。俺が一体なんなのか、知っていれば話が早いんだが」
 ゼロは顔をしかめた。
 単なる「しかめ」ではなく、引きつり、表情がにごったような顔だ。

 しかし、それを見たバフュラは怨念に満たせた目をおかしそうに歪ませた。
「――なるほど。もう事情は飲み込めているのか。俺があの戦争のものだったということを」
「そうだとしたら、なぜ百年前の戦争に出ていたはずのサイバーエルフが、今になって生きている?」
 バフュラの歪ませた目が、もとの形に戻る。
「そうだな。互い事情の分かりあう者だ。「同士」であるなら話は通じるだろう」
 相手の言葉を訊くとおり、やはりバフュラは妖精戦争に関係していたようだった。
バフュラがサイバーエルフだというのは相手自身からそう言っているので、だいたいはゼロが予想したことは当たっているいるようだった。
 しかし、一番の疑問はバフュラがどのようにして実体を持つこの体になったのか、あるいはその目的である。
「――想像してるとおり、俺は妖精戦争に利用されたサイバーエルフのひとつだ。・・・当時、大量のレプリロイドやサイバーエルフ、連なる兵器が地上を埋めつくしていたある時、俺は戦地へ出るべく力をたまわるために、ある研究所で飼育され始めた」
 と、バフュラ言う。
 いまその声は怒りのこもったものではなく、寂しげで、うつろなものだった。

「狭苦しいカプセルのなかで、他のサイバーエルフとともに俺は莫大なエネルギーを与えられてから数日が経ち、そのある日のことだった・・・・・・。戦地から離れて設置されたその研究所が、敵の襲撃をうけたようでな。その攻撃で研究所にあるすべて機械類が破損され、コンピュータは正常な動きをたもたなくなった。その影響は俺を閉じこめていたカプセルの機能にも及んで・・・機械は誤作動を起こし、成長を続けていた段階で、俺の体は突然変異を起こした」
「それが――その体なのか?」
「・・・ああ。俺と同じように、機械の誤作動をうけた他のサイバーエルフはカプセル内で無残にも死滅した。だが、俺は違った――。その死滅した他のサイバーエルフの力の分を取り込むかのように、突然変異した俺の力は今までにないほど膨れ上がった。突然変異の成長をつづける段階で俺は一度その力を解き放ち――その力で、研究所だったその場所は跡形もなくふきとんだ」
 突然変異・・・・・・。
 バフュラはサイバーエルフでもありながら、その実体は何のものにも属さない未知の生物ということでもあるのか。

「・・・・・・もともと、その戦地は敵からの影響は少なかったようでな。すぐさま俺の異変に「味方」のレプリロイドが気づき始め、レプリロイド共は軍隊そろって俺を『危険な品種』と判断し、自ら被害をうけないためにこの俺を消しにかかった。だが俺の混沌とした精神は「敵」のレプリロイドに歯向かった。・・・それでも戦地のどこへも行くあてのない俺を、敵は容赦なく攻撃してくる。――逃げ回り、這いずり回り、孤独のなかで生きたその日々がつづき、その時、ついに俺は力尽きようとしたのだ――」