ロックマンゼロ 忘却の悲史 - 第八章
 地上をはう煙は次第に薄れていき、しばらくしない内に完全に消えた。
 白紫に光るサイバーエルフは感情のない目を、ひざまずいたゼロに向けながら、そこに立っていた。
 ――サイバーエルフとの戦いで片足に傷をうけたゼロは、わずかな動きもままならなかった。
両手で押さえている片腿は血――オイル――がしたたり、足が鈍い痛みとともに痺れはじめていた。
 ゼロはまさに窮地に陥っていたが、相手の感情のない睨みに退くまいと、こちらも睨みかえした。
 その状況が長いあいだに感じられるほど続いたとき、ふいにサイバーエルフが、声を発した。
「・・・・・・お前には止められまい」
 空気を震わすような低い声を聞きとり、ゼロは、顔をしかめた。
「なんだと・・・」
「・・・・・『なんだと』?」
 サイバーエルフが言い返した。
「――あの惨事をもう忘れたわけじゃないな。お前も出たんだろう」
 ゼロは相変わらずしかめた顔を向けている。サイバーエルフの感情のない目に、怨恨の表情がうかんだ。
「・・・お前が数え切れないほどの「あれ」をなぎ倒した、あの血みどろの戦いだ」
「・・・!」
 ゼロのしかめ面が、歪んだ。
「俺はこうでも、レッキとしたサイバーエルフだ。だが、今となれば「あの頃」との扱いかたは違うだろうが」
「――その時のあれか」
「・・・・・・ああ、そうだ。そこまで訊けば、嫌というほど分かるだろう?俺の目的が」

 百年前に起こった、あの悲劇、妖精戦争――。
 イレギュラー戦争の末期、サイバーエルフが大量に使用されたところから、末期の戦争はそう呼ばれている。
 サイバーエルフとは、戦闘するレプリロイドを強力に支援するためにつくられた電子妖精だ。
激化する戦争にそれをつかうことにより、より戦争は激化したが、その戦争はわずかな年月で終結した。
 ――過去、ゼロはその戦いに活躍していた。
戦争に参加する何百何千というレプリロイドを倒し、破壊神と呼ばれたあの時代――。
 あの戦争から百年経ったいま、妖精戦争で利用されたサイバーエルフが、なんらかの目的をもって、現れた。
 ――それが、ゼロと対峙しているものだ。

「・・・目的だと?」
 ゼロが言った。
「『目的』――?」
 サイバーエルフがまた繰り返すように言った。
 ゼロへ向け立てる視線が、鋭くなった。
「・・・ここから離れた廃施設に向かえば、分かるかもしれないな」
 サイバーエルフは、ゼロに背を向けた。
 身体をつつむ白紫の光が、しだいに濃くなり始めた。
「何故、すぐ俺を倒さない?」
 ゼロが言った。
 サイバーエルフは背を見せたまま、なにも言わない。
サイバーエルフの足元から、細長い紫の帯がのびてきた。
 紫の帯は身体をつつむように回転しながら、腰まで伸びてきている。
「・・・待て!お前は――」
「・・・「バフュラ」だ」
 帯は身を隠すようにサイバーエルフの全身をおおいつくし、やがて、帯はサイバーエルフの姿とともに消えた。
 壁や地面に反射する紫のひかりはなくなり、ゼロは薄暗い闇のなかで、ただ呆然としていた。